2014-03-04

イヌが要求するとき - 彼の中で理解できていることとそうでないこと



どうやらライチは、ご飯は私がくれるもの、という認識はあるらしい。

私が台所で人間用のごはんを作り始めると、「そろそろですね!」と爪先だった姿勢で(イヌは常に爪先だちっぽく立っているが、ごはん待ちのときは一層軽やかな立ち姿である)、目をキラキラと輝かせて私のことを見つめます。

私が仕事をしているときやテレビを見ているときに、彼が「そろそろご飯たべたいよ」とアピールするときは、私の口をペロリ。「ねぇ〜ん、ごはん〜。おねが〜い〜」と甘えてきます。

遊びしたいよ、おもちゃなげてよ、というときは、鼻や前脚をつかって器用に私の手を引き寄せます。「おもちゃはココにありますよ。何やってんですか?」と言わんばかりに。

最近は、くうーん、くえっ、ふぅ〜、などと甘えた声を出して要求することもあって、「そういう声を出せば、この人あそんでくれる」ということをわかっている模様。

自分の欲求と私との間に、なんらかの関係があることを学習したんでしょうね。遊びは、ライチと私とのやり取りであるから当然のこととして、ごはんのときは「伏せ」「ステイ」「OK!」という一連の流れがあるので、「ごはんは自分だけで食べるものではない」と理解しているんだろうと思われます。

しかし、「お水」の存在と私との関係は、よく理解できないようです。

「あれ?ライチいない・・?」と思って探してみると、お水のボウルを見つめるライチを発見することがあります。不思議そうに、じーっとボウルを見続けるイヌ。少し怖い。

「あ、お水、なくなっちゃったんだ。ごめんねー」と言いつつお水を入れてあげると、ガブガブ飲み始めるライチ。相当喉が渇いていたんだろうと推察します。「そんなにお水が欲しかったのなら、言ってくれればいいのに〜」と何回言ってもわかってもらえません(当たり前か?)。お水がなくなると「なんでお水がないんだろう」と呆然するだけ。

この前などは、「なんで?なんでボクのお水ないの?なんでだよ!お前が悪い」とばかりに前脚でお水のボウルを床に叩き付け、八つ当たりをしていました。なかなか器用だなと思いましたが、そこまでするのなら私に教えてくれればいいのに。

どうやら彼の理解は、「お水のボウルを見つめているとお水が増えている」ということらしい。私は不在。お水をあげるときには私とのやり取りが介在しないので「お水がない=ニンゲンが入れてくれない→ニンゲンに知らせる→お水が増える」という図式は成立していないご様子です。直接的なやりとりが存在しないと、私との関係はよくわからないらしい。

人間からすれば、「そのくらいわかるでしょ」ってことでも、イヌには理解が難しいのでしょうね。そう考えると、私たちが普段何気なくやっている行動や、簡単だと思っている物事も、非常に多くの要素が複雑に絡み合ってということに気づかされます。推察することができないイヌにとって、人間の行動は複雑怪奇なものなのかもしれません。ライチが人間社会でもっと楽に暮らすことができるように、ライチにも理解できるようなコミュニケーションを工夫していきたいと思っています。

さて、お水についてですが、なければないで教えて欲しい・・・・。ということで、これからお水を入れるときにライチとのコミュニケーションを増やして、私とお水との関係を覚えてもらえるようがんばろうと思います。

イヌとのコミュニケーションも大変である。
just like jesse james


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